大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和20年(ワ)30号 判決

原告 藤田伝治

被告 柳田雄三 外一名

一、主  文

原告の請求は之を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は被告等は連帶して原告に対し金二万四千百十四円の支払をなせ、との判決を求め、被告等訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

原告訴訟代理人は請求原因として別紙目録<省略>記載の物件はもと原告の所有であつたが、原告の所有当時たる昭和十二年一月三十日原告は之をその工場建物たる愛知県宝飯郡三谷町字須田二番の五、十番の十五木造瓦葺平屋建工場建坪五十九坪三合と共に工場抵当法第三条に依り、訴外保証責任三谷信用組合に財団を組成せざる工場抵当として差入れ、同年二月一日その登記手続を経たものである。従つて右物件に対しては同法第七条第二項に依つて個別的強制執行は許されないものであり、右事情は被告等も充分知悉しているにも拘らず、被告浅見は昭和十六年十一月初頃被告柳田と共謀し被告柳田を代理人として、被告浅見(後記事件の原告)と原告(後記事件の被告)との間の大津地方裁判所昭和十六年(ワ)第九号契約金返還請求事件の仮執行の宣言ある執行力ある判決正本に基き豊橋区裁判所執達吏川口鐐太郎に委任して強制執行をなし、同執達吏は同年十一月十日右物件を他の物件と共に差押え、次いで同年十二月二日之を原告方に於て競売に付し加藤和只が競落するに至つた。而して、右物件はその後右加藤和只から更生金庫に買上げられ同金庫から訴外鈴木八郎が買受くるに至つたのであるが、右強制執行は元々前記工場抵当法の法条に違反する無効のものであるから、加藤和只は競落によつてその所有権を取得すべき理由がなく、従つて鈴木八郎も亦その所有権を取得すべき理由がない訳であるが、同訴外人は善意平穏公然且無過失に右物件の占有を取得するに至つたので、民法第百九十二条に依りその所有権を取得するに至つたものである。仮に鈴木八郎の取得した物件が本訴物件と相違し本件物件の所在が不明であるとするも、右物件の所在不明が被告等の前記違法強制執行に基因することは明であるから、孰れにせよ被告等の前記違法強制執行によつて原告が右物件に対する追及を不能ならしめられ物件の時価相当の損害をこうむるに至つたものである。そこで原告は被告等に対し連帶して当時の時価たる金二万四千百十四円の支払を求める為本訴を提起するに至つた旨陳述した。

被告両名訴訟代理人は答弁として原告主張事実中被告浅見が原告主張の如き債務名義に基き原告主張の如く強制執行をなしたこと、右強制執行に於て訴外加藤和只が本訴物件を競落したことは之を認めるがその余の事実は全部之を争う。殊に被告等が本訴物件が原告主張の如き工場抵当物件となつていたことを知つていたとの原告主張事実は之を否認する。仮に然らずして被告等が右事実を知つて強制執行をなしたものであるとしても、元来個々の物件に対する差押は執達吏が職権に基いて行うものであつて被告等が物件を指定して行つたものではない。被告等は単に強制執行を執達吏に委任したるに過ぎないから被告等が右強制執行に基く責任を負うべき何等の理由がない。仮に然らずとするも本件競売物件中織機は、被告浅見が原告から昭和十五年五月一日代金一万三千五百円にて数回に分割して支払う約定の下に買受けたのであるが、その際同時に被告浅見に不履行ありたるときは原告は既に交付した代金の一部を没收し、原告が不履行をなしたるときは既に交付を受けた代金の一部の外之と同額の違約金を支払う旨の特約をなした。而して被告浅見は原告の右契約不履行により右特約に基く金一万二千三百円及之に対する昭和十六年一月二日以降完済に至る迄年六分の割合に依る金員の請求権ありとして大津地方裁判所に出訴し、該事件は同庁昭和十六年(ワ)第九号事件として繋属し、審理の結果昭和十六年八月十二日原告勝訴の判決あり該判決は後に控訴審に於て休止満了となり控訴取下の効力を生じたる結果確定するに至つたものである。而して、本件強制執行は当初被告浅見が原告に対し右契約金請求事件を提起するにさきだち本訴物件に付仮差押をなし、第一審勝訴の判決を得たる後仮執行の宣言ある該判決に基き他八点と共に仮差押物件の差押をなしたものであるが、原告は仮差押当時から強制執行の終了に至る迄一回の異議すら述べず、その間幾多損害の発生を防止し得べき手段方法があつたにも拘らず何等之をとらずして放置し、競売に当つても原告の懇望により二回に亘つて期日を延期してやつた程でその間一回も工場抵当物件なる旨の主張をなさなかつたのであるから、原告はむしろ意識的に損害賠償請求権を抛棄したものというべきである。仮に被告等に不法行為上の責任があるとしても本件物件が競売されたのは前記の如く昭和十六年十二月二日であつて、当時原告は加害者は何人であり、又損害は幾何であるかを熟知して居るべき筈であるから、その後三年の期間の経過によつて右損害賠償債権は時効によつて消滅したものである。仮に然らずとするも被告浅見は原告に対し前記大津地方裁判所昭和十六年(ワ)第九号事件の確定判決に基く金一万二千三百円及之に対する昭和十六年一月二日以降完済に至る迄年六分の割合に依る金員並訴訟費用についての反対債権を有する訳であるから、之と対当額に於て相殺する。尚損害の数額は之を争う。殊に原告は前記の如く損害を防止し得たにも拘らずその方策を講じなかつたのは原告の重大なる怠慢というべきであるから、損害額につき原告の過失を考慮し過失相殺をなすべきであると述べた。

原告訴訟代理人は右に対し原告が被告等主張の如く被告浅見に対し織機を売却したこと、右に関し被告等主張の如き訴訟が提起され原告が敗訴したこと、右判決が被告等主張の如く確定したこと、被告浅見が本訴物件に対しその主張の如く仮差押をなしたる後之を本差押に移行せしめたことは之を認めるがその余の事実は全部之を争う。殊に時効の抗弁に対し原告は昭和十九年四月中旬頃被告浅見に請求をなしたる際同被告は債務を承認し居り、次いで本訴提起後被告浅見自ら原告宅を訪れその非を認め謝罪したことがあり、昭和二十一年頃下司源之助を通じて被告両名から示談の申込あり、本件損害賠償債務は被告浅見に対する関係に於ては右債務承認により時効はその都度中断して未だ完成せず、被告柳田に対する関係に於ては完成せる時効の利益を抛棄したものと認むべきであると述べた。

被告等訴訟代理人は原告の時効中断及時効利益の抛棄の再抗弁事実を否認すると述べた。

<立証省略>

三、理  由

被告浅見が原告主張の如き大津地方裁判所昭和十六年(ワ)第九号契約金返還請求事件の仮執行の宣言ある執行力ある判決正本に基き豊橋区裁判所執達吏川口鐐太郎に委任して強制執行をなしたこと、同執達吏は同年十一月十日別紙目録記載の物件を差押え次いで同年十二月二日之を原告方に於て競売したこと、訴外加藤和只が本訴物件を競落したことは当事者間に争がない。而して、官署作成部分の成立は当事者間に争なく、爾余の部分は原告本人藤田伝治尋問の結果により成立を是認すべき甲第五号証、証人下司源之助の証言、原告本人藤田伝治並被告本人浅見清吾尋問の結果を綜合すれば本訴物件は、原告主張の如くその工場建物と共に工場抵当法第三条に依り訴外保証責任三谷信用組合に財団を組成せざる工場抵当として差入れられその登記を経ていたものであること、本件強制執行が右工場と切離して行われたものであることが認めることが出来る。而して、工場抵当法第七条第二項はかゝる工場抵当を組成せる個々の物件に対し個別的強制執行をなすことを禁じているが、その趣旨とする所は之を許すときは全体としての工場抵当の担保価値を著しく毀損することに鑑み個別的強制執行を無効となしたものと考えねばならない(大正十四年七月三日言渡大審院判決民集四巻四〇一頁参照)から、原告は本訴物件に追及し得るものといわねばならない。而して訴外鈴木八郎が民法第百九十二条に依つて右物件の所有権を取得したとの原告主張事実については証人鈴木伊太郎の証言のみによつては之を認めることが出来ず、他に之を認めるに足る証拠がないから之を理由として原告が本訴物件の所有権を喪失せしめられたとなすことが出来ないこと勿論である。然し乍ら証人鈴木伊太郎の証言並弁論の全趣旨を綜合すれば本訴物件は強制執行後戦時中の混乱を通じてその所在が不明となつた事実が認められるから、結局被告浅見の本件違法強制執行によつて原告の本訴物件に対する追及権行使が不能ならしめらるるに至らしめられたものといわねばならない。

そこで被告等が右違法強制執行について故意又は過失ありたるやについて検討して見よう。被告本人浅見清吾尋問の結果に依れば被告浅見は、本件債務名義の基本となつた前記大津地方裁判所昭和十六年(ワ)第九号契約金請求事件の訴の提起以前既に統制違反の為に刑務所に入所したる為、後事をその娘婿たる被告柳田に託し右訴訟の提起及その後の手続一切は被告柳田が被告浅見の代理人として遂行したこと、刑務所に入所中は面会時間が僅少であつた為家事以外のことについて殆んど面談する機会がなかつたこと、従つて右訴訟に於て被告浅見側で本訴物件中織機が工場抵当物件となつている旨原告に対し登記簿謄本を示して主張していたこともすべて被告浅見が出所後に被告柳田から聞いて知るに至つたに過ぎない事実を認めることが出来る。而して、右の如き事情の下に於ては被告浅見については被告柳田の使用者として民法第七百十五条の責任ありとなすはともかく、被告浅見に右違法強制執行について固有の責任ありとなすことが出来ないこと勿論である。然し乍ら被告柳田は前段認定の如く前記訴訟中既に登記簿謄本を取寄せていた事実が認められる以上、当然同被告は当時既に本訴物件が工場抵当物件なる事実を知つていたものと認むべく、従つて同被告は右事実を知り乍ら執達吏に依頼して本訴物件の差押をなさしめたものといわねばならないから、被告柳田が本件違法強制執行についてその責任あることは自ら明であると認めねばならない。

被告柳田は被告は只執達吏に対して執行を委任したるに過ぎず個々の物件に対する執行は執達吏の職権に基く行為であるから被告が責任を負うべき何等の理由がない旨抗争しているから此の点について検討して見よう。被告柳田雄三が本訴物件が工場抵当物件なることを知悉していたことは前記認定の通りであり、成立に争のない乙第三号証に依れば同被告が本件差押の際立会つた事実が認められるから被告柳田は容易に本件違法差押を阻止し得たものといわねばならない。固より動産の強制執行に於て個々の物件に対する差押は執達吏の職権行動であること被告主張の通りであるが、右執行に立会い違法なる差押なることを知り乍ら之を黙認する本件の如き場合は、むしろ執達吏の職務行為を利用して違法差押をなしたものとも認め得るから被告に本件違法強制執行に対する責任なしとすることが出来ないものといわねばならない。

被告柳田は更に本件強制執行は、前記大津地方裁判所昭和十六年(ワ)第九号契約金請求事件の執行を保全する為になした仮差押を本差押に移行せしめたものであるが、原告は仮差押から強制執行終了に至る迄一回の異議すら述べず損害防止の手段を講じなかつたから損害賠償請求権を抛棄したものである旨抗争しているから此の点について検討して見よう。本件強制執行が被告主張の如く仮差押を本差押に移行せしめたものなることは当事者間に争なく、成立に争のない乙第一、三、四号証原告本人藤田伝治の尋問の結果並官署作成部分は当事者間に争がなく、爾余の部分は原告本人尋問の結果に依りその成立を是認すべき甲第五号証を綜合すれば、原告が被告主張の如く仮差押から強制執行の終了に至る迄本件強制執行を排除する方法があつたにも拘らず一回の異議すら述べず、競売完了後に至りはじめて抵当権者たる三谷信用組合の名に於て被告柳田に対し抗議書を発した事実が認められるが、違法強制執行を排除する手段をとらなかつたという一事を以て直ちに損害賠償請求権を抛棄したものということが出来ないから、被告の右主張は理由がないものといわねばならない。被告柳田は更に本件損害賠償請求権は時効によつて消滅した旨抗争しているから此の点について検討して見よう。本件違法強制執行の競売は前記認定の如く昭和十六年十二月二日であり、前記甲第五号証並原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は遅くとも同年十二月二十五日迄には本件違法強制執行の加害者及之に基く損害を知つていたものと認められるから、その後三年の期間の経過即ち昭和十九年十二月二十五日の満了によつて本件損害賠償請求権は時効によつて消滅したものといわねばならない。原告は昭和二十一年頃被告柳田から下司源之助を通じて示談の申込があつたから時効の利益を抛棄したものである旨抗争しているが、示談の申込は単に訴訟による紛争の解決の煩雑を避ける為当該債務の存否の認否に関係なくなされる場合もあるから、之を以て直ちに債務承認乃至時効利益の抛棄となすことが出来ないのみならず、証人下司源之助の証言、原告本人尋問の結果に依れば示談の交渉は主として原告及被告浅見間に進められていたこと、その間原告と被告柳田と会見したのは昭和十九年十月頃の一回に過ぎず、その際も被告柳田は原告の請求に対し断然金員の支払を拒否していた事実が認められるから原告の右主張は理由がない。

斯様に見てくると被告等は原告に対し爾余の争点につき判断する迄もなく損害賠償債務を負うべき何等の理由がないものといわねばならない。

仍て、原告の請求は失当であるから之を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の如く判決する。

(裁判官 奥村義雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!